『名探偵の証明』(市川哲也)
3度の飯よりミステリが好き。
リソルートです。
実際には、謎解きをするためのカロリーを摂取したり、頭の回転を上げるために、甘いものとコーヒーでも飲みながら読書することが多いです。
今年の1月に読んだ本のレビューを書きかけて、そのままになっていたので、今日は更新までしてしまいます。
眠れぬ夜に、読書をしたら、読み切ってしまったので。
あらすじ ~今昔名探偵~
屋敷啓次郎(表紙絵右の男性)は、一世を風靡した名探偵だ。
物語の序盤は、現代よりも30年以上も前の1980年代。事件を名探偵:屋敷啓次郎が鮮やかに解決するところから始まる。相棒の刑事:武富竜人との絶妙なコンビネーションで、歴戦の名探偵であることを認識させてくれる。社会でも有名人で、テレビにも出て、もてはやされ本も馬鹿売れ。誰しも認める偉大な名探偵の全盛期がここでは描かれる。
中盤は、2012年。かつての時の人であった名探偵は、見事に落ちぶれていた。探偵業は続けているものの依頼は受けず、収入がなくて事務所の家賃を払うために自室の家具を売ろうとしている始末。ここまで転落してしまった理由は、過去の事件。あまりに有名になりすぎた為、そして事件を惹きつけ過ぎるために、邪魔に思われた犯人から襲撃を受け重傷を負ったのだ。この事件による身の危険への恐怖、そして還暦も過ぎた老いによる推理力の低下への恐怖が原因で、まとも依頼を受けることが出来なくなった屋敷は、それでも探偵をやめられないが、トラウマで仕事が出来ない以上維持費でどんどん追い詰められ、もうそろそろ限界…という状況になってしまった。
だが、ここで奮起した屋敷は、トラウマを振り切り名探偵として復帰するため、引退を賭けて事件へと臨む。そしてその事件には、屋敷が落ちぶれた現在テレビで持て囃さているアイドル探偵:蜜柑花子(表紙絵左の女の子)も関わっていた。そして始まる推理勝負。
「蜜柑花子を呼べ。呼ばなければ災難が降りかかる。日にちは12月29日だ」 雑誌を切り抜いてつくられたらしい簡素な脅迫文。脅迫文の宛先である桝蔵の別荘へ車で向かう屋敷と武富。固定電話もなく、携帯もつながらない別荘へ続く道は、吊り橋が唯一の行路だった。吊り橋の先には、別荘の主:桝蔵敏夫、その妻:千佳、夫婦の息子:草太、草太の恋人:本尾和奏、蜜柑花子の7名が集まった。
名探偵とは ~推理と勉強の共通項~
この小説は主人公が推理の披露の作法を気にしていたり、行く先々で事件に出会う探偵が死神扱いされていたりと、ミステリのお約束や、突っ込みどころに対するある意味メタな設定があります。また、随所で「名探偵とは」について語られています。
以下は、テレビに出た蜜柑花子が司会者と会話している(番組を屋敷啓次郎が見ている)シーンです。
「事件はどう? 全部解決してるの?」
「うん」
「さすが名探偵だね。大学でも成績いいんでしょ」
「ううん。統計学の講義は、さっぱり」
「それでよくアリバイ崩しとかできるねえ」
「勘と運と想像力。名探偵に必要なのは、それ」
びくんっと膝が跳ねた。その言葉は、かつてオレが公言していたものだ。まさか蜜柑の口から出るとは。名探偵は誰しも同じ結論に達するのか?
「そんなことないでしょう。推理力がなきゃ、何十件も事件解決できないでしょう」
「そんなことない。推理小説思い出してみて。あれ、解決編を読んだあと、なるほどとか、 そういうことだったのかってなるよね」
「なるね」
「なるなら、がんばれば解けてたってこと。解けない問題は解答聞いてもちんぷんかんぷん。ポアンカレ予想とかが、そう」
ここもオレのロジックと同じだ。答えを聞いてなるほどと思えた問題は、自力でも解けたはずなのだ。
「それこそなるほどだね」
「推理力は人並みでオッケー。重要なのは、勘と運と想像力」
市川 哲也『名探偵の証明 《名探偵の証明》シリーズ (創元推理文庫)』より抜粋
「聞いて”なるほど”となる問題は、自力でも解ける」
「名探偵に必要なのは勘と運と想像力」
これは、至言だと思います。
特に、今、塾講師をしていて、数学を教えていると、なんて共通項の多いことだろうと思うわけです。
今教え子たちにも伝えたいと思います。
「解答解説を読んで”なるほど”となる問題は、自力でも解ける。その為の能力を、もう君たちは持っている」
「問題を解くために必要なのは、勘と運と想像力。想像力で戦っていこう」
読了後 ~物語の登場人物らしからぬ一人ひとりの生き様~
ここからは読了後半年経ったのリソルートが続きを書いています。
では、ネタバレに気をつけつつ感想をば。
まずは、多くの方が気になっている新旧名探偵の推理対決ですが、あまり言及したくありません。
読後のみなさんなら、言及したくない理由もおわかりになるかと思います。
いつの時代でも、名探偵には、格好良くいてほしい。
それがミステリファンではないでしょうか?
さて、この本では、いわゆる探偵モノであるお約束をいくつも踏襲しているにもかかわらず、ひとつ外しているお約束がありました。
それは、『ワトスン役がいない』ということです。
探偵の一人称視点で語られるミステリはあまり読んだことがありません。
むしろ、名探偵の思考を最後まで隠し、読者との橋渡し役としてのワトスン役が解説をする美しい流れを、敢えて無視することはどういった意味があったのでしょうか?
これは僕の個人的見解ですが、
ひとつは、役者目線で舞台を見るように、臨場感のある物語になるということ。
もうひとつは、名探偵以外の人物たちにも、上手にスポットライトを当てられるということ。
そして、……ワトスン役がいないわけではないということでしょうかネ?
さて『名探偵の証明』からは、従来のミステリとは違い、強いメッセージ性を感じました。
推理対決のミステリのトリックとしては非常に簡易で、非常に作為的で、なんとも言えない引っ掛かりと、後味の悪さを感じます。
新旧名探偵よりも先に謎を解いてやろうと思わず、屋敷啓次郎と共に事件を追い、『名探偵の登場するひとつの読み物』として読むのをおすすめします。
謎解きパートの後に、長い後日談があります。
屋敷啓次郎と蜜柑花子が連れ立って、ある人物の下を訪れます。
こここそが真の謎解きであり、物語のメインテーマなのかもしれません。
名探偵は1人にして成らず。
サポートあっての名探偵。
僕らの人生も同じですね。
終わりに ~名探偵は終わらない~
『名探偵の証明』ですが、本書の題名は、作中で屋敷啓次郎が出版した本と同じ題名になっています。
勿論、『ドグラマグラ』などと違って、内容は僕らが手に取っているものとは違うようですが。
そんな本書ですが、続編が出ています。
続編も推理対決を扱った作品になっているようです!
読み終わった方ならおわかりでしょうが、本作は続編を出しにくい終わり方になっています。
それでは、どのようにつながるのかというと…。
次回の更新をお待ちください。
(kindleで購入しようと思ったら、紙媒体の5倍以上の値段がするってどういうこと?泣)
……次回の更新は、だいぶ先になりそうです。
では。
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